奏でて、愛の歌を。
流れて、遠くまで。
消えないで消さないで。
恋雨〜コイサメ〜
連日の雨、雨、雨。
窓を叩き付ける激情のような音。窓を伝って流れ落ちる人懐っこい水跡。そのいずれをも、まるであんたのようだと。そう思う。こんなことを言うとロマンチストだなんて思われるかもしれないけど、それでも雨は、俺達を繋いでいるのだと、そう感じる。お互いを思い出せれば、それで良い。寂しい雨の音を聞いて、俺を思い出して。
あんたの家で、あんたの部屋で。あんたの帰りを待つ俺は、耳に入る雨音を目を閉じて聞いた。あんたを想いながら。
(早く帰って来いよ)
(今日で任務終わりだろ?)
(雨だから、帰るの手間取ってるのか…?)
そんなことを考えて、自分の中で会いたい気持ちが募るのを感じたけど、迎えに行くわけにはいかない。
…早く会いたい。早く触れたい。待ち切れなくてどうにかなっちまいそうだ。雨音が耳に煩い。窓を鳴らす風が煩い。早く会いたい…。
何でこんなに会いたいんだよ、畜生…!!
コツン。
「ん?」
床に座って脳内の葛藤と闘ってたら、不意に窓に物が当たる音がした。…何だ?
もう一度鳴るのを待ってみると、間髪入れずに二度目が鳴った。
コツコツ。
「…カカシ?」
何故だか解らないけど、カカシがいるような、そんな気がした。窓を見遣ると、そこにはカカシの代わりに、黒い伝書鷹がいた。脚には白い、小さな巻物を付けて。クチバシで鍵のある部分を器用に突いて、中に入れてくれと催促する。…昔、俺も同じことをした記憶がある。玄関まわるのが面倒臭くて、窓から入ろうとしたんだ。あの時は…。
「…誰からだ?」
思考を一時中断して、中に入れた鷹の脚から巻物を取り外して広げる。そこには緻密な文字で実に丁寧に
[雨が降ってきちゃったので、迎えに来てくださいv]
と書いてあった。
誰からか、なんて。そんな野暮なこと考えるより先に、俺は傘を引っつかんで雨の降る外へと飛び出した。
早く会いたい。早く会いたい。早く…早く。
「カカシ!!」
遠くから息を切らせて全力疾走して来る彼は、さしてる傘の意味が無いくらいにずぶぬれだった。
「サスケぇ♪」
だからせめて。彼の喜ぶような仕種をしてみせる。
「随分と早かったね。飛ばしてから10分も経ってないのに」
「あんたが…あんなの飛ばすから…!!唯でさえ…会いたくて死にそうだったのに…!!」
肩で息をしながら恨めしそうに見上げてくる眼光と少し視線を遊ばせてから、サスケの髪に指を通す。
「でも、だからってこんなに焦って来なくたって…ほら、髪ぐしょぐしょ」
「良いんだよ、俺が会いたかったんだから…!!」
「怒んないで、サスケ。来てくれてありがとう」
そう言うと、彼は本当に嬉しそうに、恥ずかしそうに笑った後、傘を差し出しながら「ほら、帰るぞ」と男前の横顔で言った。
「…何で傘が一つなの」
帰り。何故か小さいビニール傘に男二人で収まって(収まりきってはいないけど…)歩く。本当に、何で一つなの…?
「途中で壊した」
「は…?」
「走ってたら塀にぶつけて。骨どころじゃなくて本当に真っ二つになったから、捨てて来た」
至ってけろっとふざけたことを吐かすサスケに、もう溜息すらでなかった。
「…あ、そう」
「でも良かったな、俺がいて」
ふっ、なんて笑い方して。偉そうに。
「これじゃ相合い傘じゃないのさ…」
「…嫌なのか?」
「イ・ヤ!!」
何でこの暑苦しいムシムシした時期に男が肩寄せ合って一つの傘に入らなきゃいけないのさ…。そりゃあサスケに会いたかったし相合い傘も悪くないけど、気候が悪い、気候が。
「…ごめん」
「…嘘。嘘だよ。謝んないで」
「でも…」
「迎えに来てって頼んだのこっちだし」
本当は来てもらわなくたって、詰め所に置いてある共同傘で帰れた。こっちだって、早く会いたかったんだよ。
「…気付け、馬鹿」
「え?」
「…何でもないよ♪」
まさかあの黒い鷹だって、この任務中、サスケを想って側に置いてたなんて言えない。
「雨…強くなってきたね」
まさか思考なんて読み取れないとは思うけど、沈黙は恐かった。
「…もっと引っ付くか?」
「ここは外、馬鹿。…家帰ってからね」
「覚悟しとけ」
笑い合って、雨は寂しい音から甘い調べへと変わった。
「カカシ。あの鷹、俺に似てるな」
「え…?」
「…冗談だ」
気付いてんだよ。馬鹿はどっちだ。
あの日、俺は結局入れて貰えなかったんだ。ある意味、俺の方が愛されてる。鷹と張り合ったところでどうなるわけは無いけど。
俺も今度、白い動物飼おう。
奏でて、愛の歌。
流れて、遠くまで。
愛に恋する、恋の調べ。
消えないで消さないで
恋雨・・・コイサメ。