ただひたすらに僕は祈る

 

偶像に押し付けることしかできないエゴを
他人に縋ることしかできない弱さを
僕のもつ汚れた存在全てを
赦してくれる神様に

僕はひたすら祈り続ける



  ぼくの神様




体の鈍い痛みと、やけに健康的な日差しに目が覚めた。

時間の感覚も思考もどこか曖昧で気持ちが悪い。
薄く目を開けて周囲を見回す。
見慣れぬくすんだ天井。
見慣れぬ湿り気を帯びたシーツ。
嗅ぎ慣れぬ誰かの体臭。
そして名も知らぬ他人の寝顔。
淀んで生臭い空気の中、健康的な日差しにさらされたそれらの不健康さは異質だ。


細く息を吸い込むと汗やら何やらの匂いが鼻の奥を刺激した。胃の中から昨夜多量に飲んだであろう酒と胃酸の混じった甘酸っぱいものがこみ上げてくる。
(またやってしまった…)
軽く舌打ちをして脱ぎ捨てられた服を羽織り、オレはトイレへと駆け込んだ。

外に出ると早朝の、既に殺人的な日差しと熱気が襲い掛かってきた。
眩暈がする。頭痛もする。
蝉の笑い声が耳鳴りのように響いた。

コンクリートから這い上がる熱気から逃れるため近くの公園のベンチにもつれるように腰を下ろした。
俯くと足先に腐った何かの花が死んだ蛾のように転がっていた。

昨日の記憶がない。

わずかな記憶を探ってみると、家に帰ってもサスケが帰ってこないという虚無感だけが脳に刻まれていた。
サスケが何日も帰ってこない。
任務なのはわかってる。

でもオレを置いて行くなんて。

身勝手なエゴイストが耳元で喚く。

寂しい寂しい寂しい

 その日はオレとサスケが同居して初めてのサスケの長期任務だった。
オレとサスケの同居生活は非常にシンプルなものだったがそれでもオレはサスケによって安定した精神を手にすることができた。なのにたった数ヶ月会わないだけで、こうも見事に不安定になるとは、オレ自身ですらも予想していなかった。
サスケと離れた数日にオレは心の均衡を失ってしまった。
オレの不安定な精神は誰かにすがらないとやっていけない程に脆い。だから一晩の相手でも自然に求めてしまう。
体ではなく、心が欲するのだ。
オレは何日も眠らなかった。何日も眠らず、外を徘徊して気がつけば知らない誰かと夜を過ごしていた。

何度やめようと思ってもこの脆弱な精神は立ち直りはしてくれなかった。

サスケは、こんな腐ったオレを許してくれるだろうか?
何人もの他人の匂いが染み付いたオレを。
頭の良いあの子のことだ。きっとすぐに気がつくのだろう。

その時、サスケはオレを許してくれる?

もし許してくれなかったら。

そんな事を考えた瞬間ぞっとした。
もうオレはサスケ無しでは生きられないのに。
これ以上失いたくないのに。
もう二度と独りにはなりたくないのに。

寂しい寂しい寂しい

気が狂いそうだよ、助けてサスケ。

 お願い赦して

 狂ったように羽を震わす蝉。この醜い肉体を焦がそうとするかのように照りつける日差し。狂い咲く太陽。
思考が、追いつかない。
じわりと滲んだ冷や汗が、ぽつりと枯れた地面に雨音をたてた。

 「ここにいたのか。」

 鼓膜が、愛しさに揺れた。
しかしオレは何度も何度も、それこそ気違いになりそうなほどに思い焦がれた声に、顔を上げることができなかった。
体が震える。
耳鳴りのように聞こえた蝉の鳴き声ですら遠のいて聞こえた。

「帰ってきたらあんたがいないんで心配したんだ。カカシ、帰ろう。」

その、全てを悟ったかのような慈しみ深い声でオレを呼ばないで。
今にでも取りすがってしまいそう。

サスケはもう、知っているんだ。

「カカシ、帰ろう。」

サスケはもう一度、その泣きたくなるくらい優しい声でオレの名前を呼んだ。
痛ましいほどの優しさを含んで。
サスケはきっと自己犠牲を伴うその優しさでオレのことを赦そうとしてくれている。

こんな醜いオレを 赦そうと。

腐った花を芒洋と見つめ、オレは呟いた。

「サスケ、オレ寂しかったんだ。」

震えた声は届いただろうか。

「うん」

静かな声に心すら震える。

「サスケ、会いたかったよ。」

自然と握り締めていた拳に冷たい刺すようなものが降ってきた。
雨だ。

こんなにも狂ったような太陽が天上で容赦なく輝いているというのに、なんて冷たい雨。

「うん、オレも」

刺すような雨が降りしきる。
サスケが赦そうとしてくれる罪も洗い流されてしまえばいいのに。
そしてこの体も。

「サスケ、ごめんね。」

こんなオレは泣くこともできない。
自分の言葉をどこか暗い深淵で聞いているようだ。

「うん」

サスケの声だけが降り注ぐ。
天からの声みたいだ。

「サスケ、お前からオレを離さないで。」

 どうか、お願いです
赦して下さい

 静かな沈黙にそっと顔を上げる。

冷たい雨が日の光にガラスの破片のように輝いて頬を濡らした。
 サスケの暖かい、少ししめった手がオレの氷のような手をとった。

「オレは、この手を離す程弱くはない。」

 ああ、その言葉だけがオレの存在全てを赦してくれる

風が凪いだ後の薄い雲の切れ間。差し込む光ときらめく雨の輝きに気が遠のく。
サスケの表情は翳って見えなかったけど、きっといつものあの優しい笑顔をたたえているんだろうと思うと胸が、苦しくなった。

ごめんね。愛してる。

サスケの真後ろで太陽が笑う。まるで後光が射しているみたいで信じてもいない神様のようだと思った。
オレの全ての汚れを赦してくれる存在。

虚像でもいいんだ、偶像崇拝だと笑われてもかまわない。

 オレのエゴを押し付けてごめんね。
それでもそんなオレをお前だけはきっと赦してくれる。

オレの、神様。

 「帰ろう。」

 手を差し伸べたサスケの肩越しに見えた空の青さに、
涙が、滲んだ。

僕はただ、ひたすらに祈り続ける

 この狂った世界で唯一の光である君に祈り続ける

君が壊れた世界が僕の世界の終わりであればいい

 そこで僕は永遠に君との幸福のままで凍りつく

 だからどうか、全てを赦して下さい

僕の、神様

 

 

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