君と出会いし生涯に
羽の代わりに心を震わせ
命の代わりに愛を鳴く
刹那の姿はああまるで
夜の蝉
圧迫してくるような熱気に寝苦しさを覚え、目が覚めた。
熱い。
汗の滲んだ額を枕にこすりつける。
窓を開けようとうつぶせのまま手を宙にさまよわせていると、微かな笑いを含む声が聞こえた。
「窓、開いてるよ。」
所在なげに宙に留まっている手を下ろして半身を少し起こし、隣を見やった。
「あんた、起きてたのか。」
「うん。眠れなくて。」
カカシは枕を背によかかって少しだけ俯いていた。
熱くて目が覚めたというわけではなさそうだった。
カカシから視線を逸らし、細く開いた窓の外を覗くと湿気を含んだ黄色い月が重たそうに夜空に輝いていた。
夜中の3時ってところか。
「もしかして、ずっと起きてた?」
微かに細い顎が動くのが闇夜に見えた。
「眠れなかったのか?」
問えばうっすらと淡く微笑む気配がして、カカシが静かに答えた。
「うるさくてね。」
「うるさい?俺の寝息か?」
「違う違う。」
カカシが小さく声を出して笑うと、もったりとした重たい空気が揺れる気がした。
耳を打つような静けさ。
「じゃあ何がうるさいんだよ。」
「しっ」
俺が言葉を言い終わる前にカカシはそうするどく息を吐くと、長い指でそっと俺の唇に触れ、俺を黙らせた。
カカシが顔をこっち側に寄せるように身じろぎをする。
衣擦れの音といっしょに微かな、カカシの匂いが鼻腔をくすぐってどきりとした。
「黙って、静かにしてごらん。そうすれば聞こえるから。」
ぼんやりと浮かび上がるカカシの白い顔。
きゅっと猫のように細められた目元が可愛くて手を伸ばそうとした。
すると遠くで、微かに、本当に微かな鈴のような音が聞こえた。
「蝉の声。」
窓の外に視線をやり、思わず口の中で呟くとカカシはこっくりとうなずいた。
「そう。綺麗でしょ?」
何が嬉しいのかカカシは無邪気にそう言った。
「夜でも鳴くんだな。」
「そう、鳴くよ。25℃以上あれば鳴くんだよ。」
思ったことを口にしてみれば以外な答えが返ってきた。
俺が驚いた気配を察したのだろうか、カカシは小首を傾げた。
「あんたでもそういうこと知ってるんだな。興味ないと思ってた。」
あんたが昔子供の頃、虫とか追っかけてた姿なんか想像できねぇよ。
そんなことを考えていると、これまた以外な答えが返ってきた。
「蝉は好きなの。」
死を嫌うあんたがか。
「たった1週間で死ぬ生き物なのにか?憐れだ。」
「そうだね。でも一週間の命と引き換えに一生涯の愛を手に入れられるだなんて憐れだとは、俺は思わないよ。」
淀みの無い声にふと思った。
ああそうか。なら、
「俺も蝉みたいなもんだな。」
そう、まるで蝉みたいだ。
長い年月を闇の中で過ごし、何度も死にそうになりながらも闇から這い上がって羽化をする。
醜い殻を突き破って広げられ、震える青磁色の羽。
そして出会い、誓う。
「命ある限りあんたに愛を鳴き続けるよ。」
カカシはちょっと驚いた顔をした後、そっと囁くように言った。
「それじゃあ死ぬまで俺の籠に閉じ込めておくよ。」
静かに微笑むカカシは、月よりも青白くて闇夜に浮かぶ百日紅のように綺麗だった。
夜も温度も季節も越えて
ただただ君のためだけに
命を懸けて愛を鳴く